2021年6月の記事一覧
ちょっと一息(お勧めの1冊)
ちょっと一息(お勧めの1冊)
著書名:『イン・ザ・プール』 作者: 奥田英朗
●本日は、奥田英朗さんが著した、伊良部シリーズ第一弾である『イン・ザ・プール』を紹介します。●連作短編で神経科の患者の物語が5つ描かれています。●注射を打つのがとにかく大好きで、滅茶苦茶、破天荒と言い表すべき精神科医である伊良部一郎の物語。●伊良部のあまりにも突飛のない言動に唖然としながらも、伊良部の天真爛漫さに思わず微笑んでしまう一冊です。●ただ、少しばかり「下ネタ」的なところもあるので、ご注意を●それでは、奥田英朗著、『イン・ザ・プール』を紹介します。
●伊良部総合病院の地下に診療所を構える精神科医の伊良部一郎は、色白肥満で中年マザコン、その上子供っぽくて注射が好きな変わり者。●彼の元に訪れるのは、水泳中毒、持続勃起症、自意識過剰、携帯中毒、強迫神経症の悩みを抱えた面々。●伊良部先生は、人の話は聞かない、やることなすことが理解不可能、とにかく滅茶苦茶で、注射ばかり打ちたがる。●それが治療と言えるものなら、あまりにも奇想天外、奇天烈すぎて、本当に医者なのかと勘ぐりたくなる。●患者は伊良部の言動に不信感を抱きあきれつつも、通っているうちにどこか彼を憎めなくなる。彼の天真爛漫さからくるものか?●でも結局、全員の症状が良くなってしまう。伊良部先生は、実は凄い人なのかも知れない。●確かに、伊良部先生、時に的を射ることも言っておりました。「ストレスなんてのは、人生についてまわるものであって、元来あるものをなくそうなんてのは無駄な努力なの」。●先生の元妻とのやりとりや看護師マユミの存在もおもしろい●伊良部一郎シリーズの3部作は、『イン・ザ・プール』、『空中ブランコ(直木賞受賞)』、『町長選挙』です。●機会がありましたら、お手にとってはいかがでしょうか。
ここで少しネタばらし
1 イン・ザ・プール
体調不良で伊良部の元に訪れた大森和雄。ストレスによる心身症と診断されるのですが、…。「伊良部先生、あなたも泳いでしまうのですか」と、思わず突っ込みたくなる。
2 勃ちっぱなし
持続勃起症の田口哲也は、伊良部の元へ通院するがなかなか良くならない。こんなこと自分の身に起こったら笑い事ではない。だけどその深刻さへの伊良部先生の対応がやはりおかしい。
3 コンパニオン
誰かに尾行されているに違いないという思い込みから体調を崩した広美が伊良部の元を訪れる。伊良部先生、すこしスケベ心を出して、このタレント志望の女性をボディガードすると言い出す始末。
4 フレンズ
今で言う「スマホ依存症」の話。携帯依存の雄太は、伊良部の元を訪れる。そんな雄太に対して伊良部がとった行動は、やはり突飛なもの。高校生の男子と、肉感的な看護師のマユミの対面する場面がおもしろい。
5 いてもたっても
強迫神経症のルポライター義雄が、伊良部の元を訪れる。相変わらず、伊良部先生の治療とは、とんでもありません。でも、まさかこんな展開になるとは。結局、義雄がすばらしいルポライトをしたことには間違いはありませんから。
松下幸之助さんの言葉
松下幸之助さんの言葉
パナソニック(松下電器産業)を一代で築き上げた松下幸之助さんは、「経営の神様」とも呼ばれ、PHP研究所を設立して倫理教育に乗り出すとともに、「松下政経塾」を立ち上げ、政治家の育成にも尽力したことで有名です。そんな松下幸之助さんの基本理念は、いかに「人を育てる」かであったと、私は考えています。その一端は「 松下電器は人を作るところでございます。」や「企業は人なり。」などの言葉に垣間見られます。松下幸之助さんは、たくさんの名言(格言)を残されていますが、本日は、「自己を成長させる」ために大切な考え方が述べられていると、私が感じている言葉(名言)をいくつか紹介します。
1 人と比較をして劣っているといっても、決して恥ずることではない。けれども、去年の自分と今年の自分とを比較して、もしも今年が劣っているとしたら、それこそ恥ずべきことである。
2 誰でもそうやけど、反省する人は、きっと成功するな。本当に正しく反省する。そうすると次に何をすべきか、何をしたらいかんかということがきちんとわかるからな。それで成長していくわけや、人間として。
3 どんなに悔いても過去は変わらない。どれほど心配したところで未来もどうなるものでもない。今、現在に最善を尽くすことである。
4 わからなければ、人に聞くことである。
5 人の言に耳を傾けない態度は、自ら求めて心を貧困にするようなものである。
人はそれぞれ個性があり、長所もあれば短所もありますが、ややもすると他人と自分とを比べ、自分が今置かれている状況や状態を卑下してしまうこともあるのではないでしょうか。時には、人の揚げ足をとったり、優越感を感じたりするといった、さもしい心が顔を出すことも…。でも松下幸之助さんは言います。人と自分とを比べて何になりますか。大切なのは自分の成長を見つめることですと。そしてそのためにも正しい反省をしなさいと。そして、今を、現在を一生懸命に生きなさい。今できるすべてを出し切りなさいと。「正しい反省」が難しいところです。そのためには、やはり真摯な態度で、相手の話に耳を傾けることが必要なようです。子供たちには、松下幸之助さんの思いを、私なりの言葉で語りかけています。子供たちが自己の成長を実感し、自尊感情を高め、意気揚々と学校生活を送れることを強く願っています。
ちょっと一息(お勧めの1冊)
ちょっと一息(お勧めの1冊)
著書名:『わしらは怪しい探険隊』 作者:椎名誠
●本日「私の薦める1冊」は、椎名誠さんが隊長の「東日本何でもケトばす会」(略称東ケト会)の面々が島に行って、野外でテントを張ってひたすら忍耐生活を送る『わしらは怪しい探険隊』です。●島ならではのトラブル話が面白いとともに、大人が本気で遊ぶことのシリアスさがよく表れています。●それでは、椎名誠さんの『わしらは怪しい探険隊』を紹介します。
●ガキ大将が成人したようなシーナこと椎名誠さんのもとに結成された東ケト会。●いい歳した大人が鍋釜とテントを持って、行き当たりばったりに神島、八丈島、粟島などの離島へ旅に出て、どんちゃん騒ぎの酒盛り大宴会をする。●自然と戯れるというより、自然にやられっぱなしで、あまりかっこよくはないけれども、男達が集まって馬鹿馬鹿しい事を楽しく、時にはうんざりしながらやっている光景がとてもおもしろい。その場に居るような気分になります。●時より挿入される椎名さんの独特な感性も興味をそそられます。例えば、蛇に呑まれる時は、頭から飲まれた方が良いか、足から飲まれた方が良いか、「蛇に呑まれる方法」の持論を展開する場面など。● 宅島では、巡査さんが何かを必死に言っていたのに、適当に聞き流したために朝起きたらテントが水没して、命の危険を感じたという話●神島の蚊の来襲、「蚊柱」と呼ばれる蚊の大群に遭遇した時の緊張感と開き直った時の大胆さ。都会と田舎の蚊の違いについて考察する場面もおもしろい。●神島を一周泳ぐ試みでは「離岸流」に出会い、沖へどんどん流されていくという、笑ってはいられない状況なのに、その必死さに何故かユーモラスさえ感じてしまいます。●椎名さんが、この本を著しているのだから、椎名さんは離岸流を回避し、無事だったのだという読み手の安心からでしょうか。● さらにこの本は、椎名さんの「食」へのこだわりがよく分かる、「食エッセイ」の一面を持ち合わせています。● 現代版「水曜どうでしょう」のようで、気ままな自由人に憧れる人には、特に心地よい作品となるのではないでしょうか。●「沢野ひとし」さんのイラストも良い味をだしています。●少し古い著作とはなりますが、機会があれば、是非手に取ってみてはいかがでしょうか。きっと疲れたときのブレークタイムとして、心にオアシスを与えてくれるはずです。
渋沢栄一さんの言葉(夢七訓)
●渋沢栄一さんの言葉(夢七訓)
●渋沢栄一さんは、開国から昭和初期までの激動の時代において、日本経済の基礎を築き、日本初の銀行を設立しただけでなく、様々な種類の会社設立にも携わった人物です。●渋沢さんの生い立ち、人生については、現在NHKで放映されている「大河ドラマ」で、ご覧になっている方も多いかも知れません。ドラマですので作り手の解釈、視点による脚色はあろうかと思いますが、その人生は農民の生まれから尊王攘夷の運動家、江戸幕府の幕臣、明治政府の官僚、財界を牽引する実業家と、躍進を遂げた人物として有名です。●本日は、その渋沢栄一さんの「夢七訓」を紹介します。「夢七訓」では、「夢」をもつことがいかに大切であるかが語られています。
「夢七訓」
夢なき者は理想なし。
理想なき者は信念なし。
信念なき者は計画なし。
計画なき者は実行なし。
実行なき者は成果なし。
成果なき者は幸福なし。
ゆえに幸福を求むる者は夢なかるべからず。
●「幸せ」な人生は、「夢」をもつところか始まる。だから「夢」をもつことが大切だと渋沢栄一さんは述べています。
●本校の子供たちには、自分がやりたいことを自分で見つけ、自らどんどんやっていて欲しいと常々伝えています。「自分がやりたいこと」、それが「夢」となると考えているからです。●そして、自分がどんなことが出来るようになっていたいかという、1年後の「自分像」を描くことで「理想」をもち、「信念」を抱いていくことの大切さを伝えています。●そしてその実現に向けて努力を続けていくことの大切さと、努力を続けるための秘訣として「いつ、どこで、何を、どれくらい」など、より具体的な目標を立てることの必要性についても伝えています。●子供たちが、「自分像」について、しっかり考え、そのための具体目標の達成状況について、何ができて、何ができていないのか、さらに努力しなければならないことは何かを振り返りながら、今後の生活設計をしっかり立てて欲しいと願っているところです。
緒方洪庵さんの言葉(12戒)
●緒方洪庵さんの言葉
本日は、幕末を代表する医学者であり教育者である、緒方洪庵さんの言葉を紹介します。緒方洪庵さんは、蘭方医学(オランダの医療技術)を学ぶ私塾『適塾』を立ち上げた人物でも有名です。適塾の門下生には、福沢諭吉、大村益次郎、橋本左内など、幕末や明治初年に活躍した人物が多くいます。
緒方洪庵さんは、フーフェランド教授の内科書の巻末に記された“医師の義務“を愛弟子に伝えるべく、これを抄訳し12か条の医戒(「扶氏医戒之略」)を著わしました。
原文は理解が難しいところがあるとともに、医者としての心構えが述べられていますが、この12戒の根底にあるのは「仁」の心であろうと考え、私なりに一般論として解釈した12か条を書かせていただきます。
1 名声や利益、安楽な生活を求めるのではなく、人のために生きなさい。
2 人は貧富差の差で差別されるべきではない。
3 常に謙虚な心を持ち、相手を大切にしなさい。
4 流行に流され、本質を見誤ってはいけない。
5 自分の言動を振り返り、整理することは大切である。
6 自尊心を強く持ちすぎて、人の好き嫌いをしてはいけない。
7 苦しく、厳しい状況下であっても、万策尽きるまで努力しなければならない。
8 相手の置かれている状況を理解し、その状況にふさわしい対応をしなければならない。
9 人に信頼されるよう、常に篤実温厚を旨として生きなければならない。
10 相手の過ちを非難してはいけない。それは自分自身の人格を損なう行為である。
11 情報収集する際は、目的に照らして正しい情報を集める工夫をしなければならない。
12 相手が過ちを犯しているときは、それに対して意見しなければならない。
緒方洪庵さんは、門人の福沢諭吉さんに「類まれなる高徳の君子」と呼ばれたように、とても優しい心をもった医師であり、つねに他人のために生き続けた人であったようです。現在、個人主義的な考え方、生き方が世の中にはびこり、寛容さとか優しさとか、人のために社会のためにと言った生き方が薄らいでいるように感じているのは、私だけでしょうか。私のような凡庸なものには、緒方洪庵さんのような高潔な生き方は難しいところではありますが、真に美しい人生というのは他人のためにつくした人生なのだと、改めて気づかされるのです。
【参考資料:原文「扶氏医戒之略」】
1 医の世に生活するは人の為のみ、おのれがためにあらずということを其業の本旨とす。安逸を思はず、名利を顧みず、唯おのれをすてて人を救はんことを希ふべし。人の生命を保全し、人の疾病を復治し、人の患苦を寛解するの外他事あるものにあらず。
2 病者に対しては唯病者を見るべし。貴賤貧富を顧ることなかれ。長者一握の黄金を以て貧士双眼の感涙に比するに、其心に得るところ如何ぞや。深く之を思ふべし。
3 其術を行ふに当ては病者を以て正鵠とすべし。決して弓矢となすことなかれ。固執に僻せず、漫試を好まず、謹慎して、眇看細密ならんことをおもふべし。
4 学術を研精するの外、尚言行に意を用いて病者に信任せられんことを求むべし。然りといへども、時様の服飾を用ひ、詭誕の奇説を唱へて、聞達を求むるは大に恥るところなり。
5 毎日夜間に方て更に昼間の病按を再考し、詳に筆記するを課定とすべし。積て一書を成せば、自己の為にも病者のためにも広大の裨益あり。
6 病者を訪ふは、疎漏の数診に足を労せんより、寧一診に心を労して細密ならんことを要す。然れども自尊大にして屡々診察することを欲せざるは甚だ悪むべきなり。
7 不治の病者も仍其患苦を寛解し、其生命を保全せんことを求むるは、医の職務なり。棄てて省みざるは人道に反す。たとひ救ふこと能はざるも、之を慰するは仁術なり。片時も其命を延べんことを思ふべし。決して其不起を告ぐべからず。言語容姿みな意を用ひて、之を悟らしむることなかれ。
8 病者の費用少なからんことを思ふべし。命を与ふとも、其命を繋ぐの資を奪はば、亦何の益かあらん。貧民に於ては茲に斟酌なくんばあらず。
9 世間に対して衆人の好意を得んことを要すべし。学術卓絶すとも、言行厳格なりとも、斎民の信を得ざれば、其徳を施すによしなし。周く俗情に通ぜざるべからず。殊に医は人の身命を依托し、赤裸を露呈し、最密の禁秘をも白し、最辱の懺悔をも状せざること能はざる所なり。常に篤実温厚を旨として、多言ならず、沈黙ならんことを主とすべし。博徒、酒客、好色、貪利の名なからんことは素より論を俟ず。
10 同業の人に対しては之を敬し、之を愛すべし。たとひしかること能はざるも、勉めて忍ばんことを要すべし。決して他医を議することなかれ。人の短をいうは、聖賢の堅く戒むる所なり。彼が過を挙ぐるは、小人の凶徳なり。人は唯一朝の過を議せられて、おのれ生涯の徳を損す。其徳失如何ぞや。各医自家の流有て、又自得の法あり。漫に之を論ずべからず。老医は敬重すべし。少輩は親愛すべし。人もし前医の得失を問ふことあらば、勉めて之を得に帰すべく、其治法の当否は現病を認めざるに辞すべし。
11 治療の商議は会同少なからんことを要す。多きも三人に過ぐべからず。殊によく其人を択ぶべし。只管病者の安全を意として、他事を顧みず、決して争議に及ぶことなかれ。
12 病者曽て依托せる医を舎て、窃に他医に商ることありとも、漫りに其謀に与かるべからず。先其医に告げて、其説を聞くにあらざれば、従事することなかれ。然りといへども、実に其誤治なることを知て、之を外視するは亦医の任にあらず。殊に危険の病に在ては遅疑することあることなかれ。
ちょっと一息(お勧めの1冊)
ちょっと一息(お勧めの1冊)
著書名:『高円寺純情商店街』 作者:ねじめ正一
●本日の「私の薦める1冊」は、昭和30年代後半頃の東京高円寺駅北口「純情商店街」を舞台にした6つの短編、『高円寺純情商店街』です。●作者が生れ育った街に思いを込め、どれほど強く商店街を愛したかがよく顕れた物語です。●それでは、かつて中学校国語教科書にも掲載されていた、ねじめ正一さんの『高円寺純情商店街』を紹介します。
●主人公の名前は「正一」。正一の生家は、商店街の中でも「削りがつをと言えば江州屋」と評判をとる乾物屋で、主に鰹節や干物を売っていますが、卵までも売っています。正一は、母親が洗い、ばあさんがふかし、父親が削る「江州屋の削りがつを」をふるいにかけて「粉かつを」をつくる係です。●人々の声や削り節の匂いや焼印の押された綺箱の印象、死んだ金魚を手にする感覚などが情感豊かに表現されるとともに、正一少年の五感を通して映し出された父や母、祖母、そして商店街に暮らす人々のあり様が丹念に描写されています。とにかく正一の父親がいい味を出しています。
●ここで少しネタばらし。
1 天狗熱
大口の顧客を失う危機に直面した父親。熱を出して寝込こみますが、危機を回避したとたんに、自分が熱を出したのはデング熱を患ったからだと苦しい言い訳をする父親の話。
2 六月の蠅取紙
湿気が大敵な乾物屋の梅雨時、家族の苛立ちは一層募ります。そんな折り、父が売り物に蠅が集るという俳句を作り、それを商店街の句会で発表すると言い出します。そのことが原因で母と夫婦喧嘩をするという話。
3 もりちゃんのプレハブ
乾物屋の従業員、もりちゃん(盛義)とカズ江という女性との恋物語。大きなおっぱいの尻軽女との恋をどこか歓迎しない街の雰囲気。そしてもりちゃん(盛義)は、結婚を反対され田舎に連れ戻されるという話。
4 にぼしと口紅
隣の空き店舗に引越して来た化粧品店。若くて綺麗な化粧品店の女性従業員達に影響され、それまで化粧気もなかった祖母と母の浮かれる様子。父もこっそり養毛剤を購入しますが、新装開店のチラシで、儲けの違いに圧倒されるという話。
5 富士山の汗
10日間も風呂に入らずちんちんが痒くなった正一は銭湯に行きます。同級生の宮地さん(女の子)が番台にいることに気づき、恥ずかしくて湯ぶねを出られないでいると、いきなりちんちんを蹴られるという話。
6 真冬の金魚
眼鏡店が放火され、ボヤ騒ぎが起こります。店街の面々が一致団結して無事に消火しましたが、消火の際、用水桶でボーフラ除けのために飼われたいた金魚が消火のため水と一緒に火へと投げ出され犠牲になるという話。
●詩人でもある、ねじめ正一さんが初めて手がけた小説『高円寺純情商店街』(直木賞を受賞)です。『熊谷突撃商店』『眼鏡屋直次郎』『天使の相棒』『荒地の恋』『ひゃくえんだま』などの作品を著している、ねじめ正一さんの『高円寺純情商店街』はいかがでしょうか。
良寛(和尚)さんの言葉
●良寛さんの言葉
本日は、親しみやすく、優しい心と思いやりに満ちた温かな人間性で、多くの人々に親しまれたという良寛さんの言葉を紹介します。
良寛さんは、禅宗の志を継ぐ人で、「すべて言葉はしみじみ言うべし」と語っています。穏やかに、そしてしみじみと話しなさいいうことです。良寛さんは、詩歌、漢詩等にも精通し、人と話すときの心がけとして90ヶ条の「戒語」を残しています。そのいくつかを紹介します。
1 あまりしゃべりすぎないこと
2 人の耳に口をつけてこそこそ話さないこと
3 一度言ったことは取り返しがつかないから、注意して話すこと
4 大して重要でもないことを、大事のように論じないこと
5 その人が気にしていることを言わないこと
6 知らないことを知っているふうに言わないこと
7 人の話の腰を折らないこと
8 人を差別するようなことを言わないこと
9 手柄話を得意になって話さないこと
10 自分で確かめもしないのに想像や憶測でものを言わないこと
11 あれこれと人に講釈しないこと
12 ぼそぼそと独り言のように文句を言わないこと
いかがでしょうか。耳の痛い言葉ばかりです。時に言葉は、相手を勇気づけ、励ます魔法ともなりますが、相手の心を傷つける恐ろしい道具ともなります。「言霊」と言う言葉がありますが、正に「言葉」には、「霊」が宿り、相手を思いやる言葉にはその思いが、優しく、温かに届くもだと信じています。私を含め、子供たちが相手の立場を思い、相手のための言葉が交わされる、そんな学校でありたいと願うばかりです。
福沢諭吉さんの言葉
●福沢諭吉さんの言葉
●本日は、福沢諭吉さんの「学び」について語った言葉を紹介します。●福沢諭吉さんは、「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」で始まる『学問のすすめ』で、生まれながらに上下の差はないのに、貧富の差や身分の差ができるのは、学問があるかないかが原因と説明し、「学ぶ」ことがいかに大切かを訴えています。●そして次のような言葉を残しています。
1「賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとによって出来るものなり」
2「読書は学問の術であり、学問は事業の術である。」
3「学問は米をつきながらも出来るものなり。」
4「活用なき学問は、無学に等しい。」
5「一家は習慣の学校なり。父母は習慣の教師なり。」
6「学問の本趣意は、読書に非ず、精神の働きに在り。」
●福沢諭吉さんは、「1」で学ぶことの大切さを訴え、●「2」で学ぶ術の一つとして読書は重要であり、学ぶことは自立につながると説き、●「3」で学問はいつでも、どこでも、どんな状況下であろうと学ぶ気力(意欲)と工夫があればできるものと説明し、●「4」で学んだことは世(社会)に生かさなければ意味をなさいと語り、●「5」で子供の規範意識をはじめ人間性を醸成するのは身近にいる大人たちの責任である(特に家庭教育は重要)と述べ、●「6」で読書を通して知識を得るだけでは不十分で、感じ、考え、深い洞察を通して自己を成長させることが必要であると進言しています。●これらの言葉から、私は「学ぶ」という行為は、「利他的」な目的を持ち、いかに「主体的」に行えるかが大切であると感じました。また、会津藩士の逸話としてご紹介した「什の掟」にも通じるところがあると感じました。
※福沢諭吉さんの言葉の解釈は私見で、誤りがありましたらご容赦願います。
ちょっと一息(お勧めの1冊)
●ちょっと一息(お勧めの1冊)
著書名:『神去(かむさり)なあなあ日常』 作者:三浦しをん
●本日は、「ちょっと一息(お薦めの1冊)」ということで、私が保護者の皆様にお薦めしたい「この1冊」を紹介させていただきます。●この本は、数年前に、偶然、南那須図書館で出会った1冊となります。●『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、『舟を編む』で本屋大賞を受賞。代表作に『風が強く吹いている』、『仏果を得ず』、『木暮荘物語』など多数。そんなストーリーテーラーの「三浦しをん」さんが手がけた1冊です。●では、書評風に『神去(かむさり)なあなあ日常』を紹介いたします。
●日本の原風景を生活の一部として過ごした、あるいは里山で育ち、それらを垣間見た、そんな方々にとって、郷愁とともに言葉で表そうとするとうまく表すことができない、あの寂として恐々とした感覚をお持ちではないでしょうか。正にこの1冊はその郷愁を追懐させてくれるとともに、あの感覚を優しくも流麗な言葉で表現してくれる1冊となっています。それは、日々の忙しさに自己喪失感を憂える暇さえ忘れかけているかも知れない皆様にとって、原始体験を想起させ、自己アイディンティティーを回復させてくれる清涼剤となるはずです。●もちろん、そんな原風景に触れたことのない都会育ちの皆様。特に日常の忙しさに埋没したあなたの精神にとって、お伽噺や昔話から心の奥へと浸み込んだ、そして幼少の夕暮れ時に襲ったことがあるだろう漠然とした寂寥と恐怖が溶け合ったあの感覚を呼び覚ます1冊となると確信しています。●「なあなあ」の言質に秘められた覚悟とともに日々を過ごす「神去村(かむさりむら」の人々。「ヨキ」に「三郎」、「清一」・・・。林業を生業とするこの村の個性豊かな人々と主人公「平野勇気」が巻き起こす様々な事件(?)。そんな騒動が軽快なタッチで綴られています。もちろん林業と対峙し一生を捧げようとする村人の矜恃、生き様にも魅了される1冊となっています。●機会がありましたら、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
子供は大人の鏡
◆子供は大人の鏡◆
会津藩士では、6歳から9歳までの男の子が、町ごとに「什(じゅう)」と呼ばれる十人前後のグループを作っていたそうです。この集まりは子供たちに会津武士の“心構え”を身につけさせるための、ある種の幼児教育の場であっとも言われています。
グループの家に集まった子供たちは、什長(じゅうちょう)と呼ばれるリーダーから、自らを律する「什の掟」について申し聞かされます。
「什の掟」
一 年長者の言ふことに背いてはなりませぬ
一 年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
一 卑怯な振舞をしてはなりませぬ
一 弱い者をいぢめてはなりませぬ
一 戸外で物を食べてはなりませぬ
一 戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ
そして、什長は最後に「ならぬことはならぬものです」と厳格に戒め、「什の掟」に背いた子がいなかったかどうか尋ねます。違反した事実があれば、その違反した子に相応の「制裁」を加えました。
「什の掟」の内容については、当時の時代背景もあり考え方や価値観などが現代とは異なりますので、その内容の是非ついては様々なご意見もあろうかと思いますが、ここで私が注目したい点は、「什の掟」も、そしてそれを破った子への「制裁」も、6歳から9歳までの幼い子供たち自ら考え出し、実行したという事実です。ほんの6歳から9歳までの子どもたちが、大人の力を借りずに、このような自治的活動を行ったという、その自主性に驚かずにはいられません。
そして、私が注目したい二つ目の点は、この幼い子供たちがこのような仕組みを作り出すための原動力となった規範意識のことです。実は周囲の大人たちの常日頃の言動が子供たちの会津藩士としての規範意識を醸成したのです。大人の背中が立派に範を示していたからこそ、子どもたちは自然と、会津藩士の子弟としての誇りと自覚を豊かに育てていくことになったのです。
「子供は大人の鏡」と言われますが、この会津藩士の話から、私たち大人が子供たちに見せる姿について、一考する必要があると改めて感じました。