ちょっと一息(お勧めの1冊)
ちょっと一息(お勧めの1冊)
著書名:『団栗』 作者:寺田寅彦
●本日は、明治38年「ホトトギス」に掲載された、寺田寅彦さんの随筆「団栗(どんぐり)」を紹介します。●寺田寅彦さんは、日本を代表する物理学者のひとりですが、随筆を著す才にも長けていると評価された人物です。●また夏目漱石の門下生で、漱石の『吾輩は猫である』の水島寒月や『三四郎』の野々宮宗八のモデルとしても有名です。●『団栗』に綴られた文章は平明で分かりやすく、妻や子、そして下女(美代)へ注ぐ愛情が随所に表れています。●作品のあらましは、嬉しそうにどんぐりを拾っている忘れ形見の娘の姿から、結核を患い若くして亡くなった妻「夏子」とのやりとり、そのしぐさに思いを馳せるという作品です。●4ページほどの短い随筆で、事実を事実として、客観的にそして淡々と語った作品ですが、それがかえって、内容と伴って一層の切なさを醸し出しています。●「どんぐりを拾って喜んだ妻も今はない。お墓の土には苔の花がなんべんか咲いた」。●なんと感傷的で流麗な表現ではないでしょうか。妻が亡くなってから幾年か立っている情景がさりげなく語られています。「苔」ではなく「苔の花」と表したところにも、季節の移り変わりが味わい深く表現されています。●「~始めと終わりの悲惨であった母の運命だけは、此児に繰り返させ度くないものだと、しみじみさう思ったのである」●明治時代に書かれた作品ですが、亡き妻を想う深い悲しみと、子供の人生を案じる親の気持ちは、現代でも変わりません。その色褪せしない切なさと慈愛の思いが思いっきり詰まった名随筆です。●なお、私は高1の時、「寺田寅彦随筆集(1巻)」でこの作品を読みました。●知命の年を越え、親となっての再読で、あの時よりも寺田寅彦さんの思いに少し近づけたかなと思っています。●また「寺田寅彦随筆集(1巻)」には、電車の混雑の考察、金平糖の考察、線香花火の考察などが書かれており、高校生の私に、何気ない日常であっても、科学的な視点で不思議に気付く、新しい発見をすることの大切さを示唆してくれた1冊でもありました。●『団栗』はお薦めの随筆です。もちろん、「寺田寅彦随筆集」も手に取ってみてはいかがですか。