緒方洪庵さんの言葉(12戒)
●緒方洪庵さんの言葉
本日は、幕末を代表する医学者であり教育者である、緒方洪庵さんの言葉を紹介します。緒方洪庵さんは、蘭方医学(オランダの医療技術)を学ぶ私塾『適塾』を立ち上げた人物でも有名です。適塾の門下生には、福沢諭吉、大村益次郎、橋本左内など、幕末や明治初年に活躍した人物が多くいます。
緒方洪庵さんは、フーフェランド教授の内科書の巻末に記された“医師の義務“を愛弟子に伝えるべく、これを抄訳し12か条の医戒(「扶氏医戒之略」)を著わしました。
原文は理解が難しいところがあるとともに、医者としての心構えが述べられていますが、この12戒の根底にあるのは「仁」の心であろうと考え、私なりに一般論として解釈した12か条を書かせていただきます。
1 名声や利益、安楽な生活を求めるのではなく、人のために生きなさい。
2 人は貧富差の差で差別されるべきではない。
3 常に謙虚な心を持ち、相手を大切にしなさい。
4 流行に流され、本質を見誤ってはいけない。
5 自分の言動を振り返り、整理することは大切である。
6 自尊心を強く持ちすぎて、人の好き嫌いをしてはいけない。
7 苦しく、厳しい状況下であっても、万策尽きるまで努力しなければならない。
8 相手の置かれている状況を理解し、その状況にふさわしい対応をしなければならない。
9 人に信頼されるよう、常に篤実温厚を旨として生きなければならない。
10 相手の過ちを非難してはいけない。それは自分自身の人格を損なう行為である。
11 情報収集する際は、目的に照らして正しい情報を集める工夫をしなければならない。
12 相手が過ちを犯しているときは、それに対して意見しなければならない。
緒方洪庵さんは、門人の福沢諭吉さんに「類まれなる高徳の君子」と呼ばれたように、とても優しい心をもった医師であり、つねに他人のために生き続けた人であったようです。現在、個人主義的な考え方、生き方が世の中にはびこり、寛容さとか優しさとか、人のために社会のためにと言った生き方が薄らいでいるように感じているのは、私だけでしょうか。私のような凡庸なものには、緒方洪庵さんのような高潔な生き方は難しいところではありますが、真に美しい人生というのは他人のためにつくした人生なのだと、改めて気づかされるのです。
【参考資料:原文「扶氏医戒之略」】
1 医の世に生活するは人の為のみ、おのれがためにあらずということを其業の本旨とす。安逸を思はず、名利を顧みず、唯おのれをすてて人を救はんことを希ふべし。人の生命を保全し、人の疾病を復治し、人の患苦を寛解するの外他事あるものにあらず。
2 病者に対しては唯病者を見るべし。貴賤貧富を顧ることなかれ。長者一握の黄金を以て貧士双眼の感涙に比するに、其心に得るところ如何ぞや。深く之を思ふべし。
3 其術を行ふに当ては病者を以て正鵠とすべし。決して弓矢となすことなかれ。固執に僻せず、漫試を好まず、謹慎して、眇看細密ならんことをおもふべし。
4 学術を研精するの外、尚言行に意を用いて病者に信任せられんことを求むべし。然りといへども、時様の服飾を用ひ、詭誕の奇説を唱へて、聞達を求むるは大に恥るところなり。
5 毎日夜間に方て更に昼間の病按を再考し、詳に筆記するを課定とすべし。積て一書を成せば、自己の為にも病者のためにも広大の裨益あり。
6 病者を訪ふは、疎漏の数診に足を労せんより、寧一診に心を労して細密ならんことを要す。然れども自尊大にして屡々診察することを欲せざるは甚だ悪むべきなり。
7 不治の病者も仍其患苦を寛解し、其生命を保全せんことを求むるは、医の職務なり。棄てて省みざるは人道に反す。たとひ救ふこと能はざるも、之を慰するは仁術なり。片時も其命を延べんことを思ふべし。決して其不起を告ぐべからず。言語容姿みな意を用ひて、之を悟らしむることなかれ。
8 病者の費用少なからんことを思ふべし。命を与ふとも、其命を繋ぐの資を奪はば、亦何の益かあらん。貧民に於ては茲に斟酌なくんばあらず。
9 世間に対して衆人の好意を得んことを要すべし。学術卓絶すとも、言行厳格なりとも、斎民の信を得ざれば、其徳を施すによしなし。周く俗情に通ぜざるべからず。殊に医は人の身命を依托し、赤裸を露呈し、最密の禁秘をも白し、最辱の懺悔をも状せざること能はざる所なり。常に篤実温厚を旨として、多言ならず、沈黙ならんことを主とすべし。博徒、酒客、好色、貪利の名なからんことは素より論を俟ず。
10 同業の人に対しては之を敬し、之を愛すべし。たとひしかること能はざるも、勉めて忍ばんことを要すべし。決して他医を議することなかれ。人の短をいうは、聖賢の堅く戒むる所なり。彼が過を挙ぐるは、小人の凶徳なり。人は唯一朝の過を議せられて、おのれ生涯の徳を損す。其徳失如何ぞや。各医自家の流有て、又自得の法あり。漫に之を論ずべからず。老医は敬重すべし。少輩は親愛すべし。人もし前医の得失を問ふことあらば、勉めて之を得に帰すべく、其治法の当否は現病を認めざるに辞すべし。
11 治療の商議は会同少なからんことを要す。多きも三人に過ぐべからず。殊によく其人を択ぶべし。只管病者の安全を意として、他事を顧みず、決して争議に及ぶことなかれ。
12 病者曽て依托せる医を舎て、窃に他医に商ることありとも、漫りに其謀に与かるべからず。先其医に告げて、其説を聞くにあらざれば、従事することなかれ。然りといへども、実に其誤治なることを知て、之を外視するは亦医の任にあらず。殊に危険の病に在ては遅疑することあることなかれ。