ちょっと一息(お勧めの1冊)
◆ちょっと一息(お勧めの1冊)◆
著書名:『高瀬舟』 作者名:森鴎外
●本日は、『舞姫』や『山椒大夫』などの著作で知られる森鴎外さんが著した『高瀬舟』を紹介します。●「高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。」という書き出しから始まる物語です。船の上で交わされる会話だけで進行し、当時の時代背景や登場人物が丁寧に描写され読みやすい作品です。●『高瀬舟』(大正5年)は、現代においては古典として感じられる方も多いようですが、扱われているテーマが現代でも通じる「足るを知る」と「安楽死」という内容であるとともに、文庫本16P程度の短編ですので、是非目を通して欲しい作品のひとつです。●ここで、森鴎外さんについて少し紹介をします。明治時代から大正時代にかけての小説家ですが、代々医師の家系に生まれ、東京帝国大学(現東京大学)医学部卒業後、軍医としてドイツへ留学するなど、超エリートとでもありました。森鴎外の代表作のひとつである『舞姫』は、このドイツ留学の際の出来事が下地となっていることは有名です。●それでは、簡単にあらすじを紹介します。
●罪人を護送するため、京都の高瀬川を下る「高瀬舟」があります。「高瀬舟」とは京都から罪人を島流しにする際、その護送のための船のことです。同心の「庄兵衛」は、弟を殺したという男「喜助」を船に乗せます。庄兵衛は、殺人を犯したはずの喜助が安らかな顔をしている、いや楽しそうにさえしていることに不思議さを感じます。実は、喜助は、病気の弟が自殺に失敗し苦しんでいるのを見ていられず、その手で殺してしまった咎で、殺人罪として島流しの刑になったのです。喜助の境遇を聞いた同心・庄兵衛は、「喜助のしたことは罪なのか」と心に疑いを残したまま、舟をこぎます。●また、庄兵衛は同心という安定した職業につきながら、高瀬舟での護送を「不快な職務」として不満に思っていました。そして妻の実家が裕福なことでお金に不自由することもありませんでしたが、そんな立場に負い目も感じていました。一方、喜助は貧しい生まれで、まとまったお金を持ったこともありませんでした。それが島流しになり、「島はよしやつらい所でも、鬼のすむ所ではございますまい。」「それにお牢を出る時に、この二百文(※現在の価値で5,000円くらい)をいただきましたのでございます。」「お足(金)を自分の物にして持っているということは、わたくしにとっては、これが始めでございます」と満足そうにしています。庄兵衛はそんな彼の姿を、驚きと敬意をもって見つめます。お金や地位を手に入れた庄兵衛は、自分にはないものをさらに欲しがりますが、何も持っていなかった喜助はわずかなもので満足しているのです。つまり無意識のうちに『足るを知っている』のです。
●この物語は、庄兵衛が喜助との関わりにより、人生の喜びや悲しみ、理想の生き方や死に方など、深く難しい問題に目を見開かされるという作品です。●さて、病気に苦しむ弟の自殺を手助けした兄は、果たして「人殺し」を犯したと言えるのでしょうか。それとも「安楽死」として認めるべきなのでしょうか。そして「安楽死」あるいは「尊厳死」という考え方は正しいのでしょうか。またまた、わずかなもので満足する心、「足るを知る」という考え方、生き方の本当の意味とはどういうことなのでしょうか。●皆さんも一読し、この深く、そして難しい問題を考えてみてはいかがでしょうか。